茶栗鼠の映画評論 パフューム ある人殺しの物語 

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

パフューム ある人殺しの物語 

 
小説を書こうと奮闘していた中学時代の痛い思い出が甦ってきました。今日。
 080814_0130~02

 これ、びっしりとミステリー小説が書かれてるんですわ。
 まるで地獄絵図。 怖い怖い。
 そして内容がイタイイタイ。
 う~ん、でも茶栗鼠は長い間書いてきても、そんなに進化はないと思うんですね。書きたい事を先行させなくなった、ってのはあるんですけどね。
  
 はい。
 それでは、今回の映画評論なんですが。
 両親が「ごきげんよう」で、小堺さんが褒めていた映画があると言うので、借りて来い。 という命令で借りてきた商品です。 
 普段、茶栗鼠はこーゆー系統の作品は借りないんですけどね。
 ロマンス的なドラマかと思いきや、スリラーでビックリ。
 
 以下、評論。
2730025425.jpg




あらすじ: 18世紀のパリ、悪臭のたちこめる魚市場で産み落とされたジャン=バティスト・グルヌイユ(ベン・ウィショー)。驚異的な嗅覚を持つがゆえに、奇怪な青年として周囲に疎まれている彼は、ある晩、芳しい香りの少女に夢中になり、誤って殺してしまう。その後、彼は少女の香りを求めて調香師になり、香水作りに没頭するが……。(シネマトゥデイ)


世界45か国で発売され、1500万部の売上げを記録したパトリック・ジュースキントのベストセラー小説を映画化。『ラン・ローラ・ラン』のトム・ティクヴァが監督を務め、美しい女性の香りを手に入れるため、恐怖の連続殺人鬼と化していく男の物語を描く。
 
 うん。
 恐怖の殺人鬼だわ。これ。
 
 以下、ネタバレ。
 本題に入る前に、一押しお願いします→ にほんブログ村 映画ブログ 映画評論・レビューへ
 
 
 ジャンさんは、十二人の女性の体液などから、最高の香水を生成することが可能だと知る。
 そして、香水の街へ向かい、ばったばったと女性を殺していく。それはまるで、ジェイソン的なホラーだ。 
 だが彼は、捉えられ、絞首刑に処せられそうになるも、その香水パワーを使い、なんなく町衆を公然猥褻に駆り立てる。
 そしてその町衆たちは公然猥褻をした時の記憶を封じ、犯人はまったく無関係の男としてしまう。
 一方、ジャンは、
 「俺、最強じゃね?」
 とか思って、それじゃぁ人生つまらない、と哲学的っぽい考えをする。
 それで、自分に香水をかけて町衆に、愛されながら食べられてしまう。
 骨までも食べられたか、ジャンはもう存在せず(服は食べなかったらしい)、この世から消え去った。 

  
 
 
 うん。 これ、ホントのあらすじね。
 中盤にD・ホフマンが出てくるんですが、やっぱり演技がいいですね。
 う~ん。
 
 微妙。 
 フランスが舞台なのに、英語で話してるのが無理な人もいるかもしれません(茶栗鼠は演技が見たいから字幕にするだけなので、構わないです)。
 
 まず、引き込まれる映画だというのは間違いないんです。
 最初から、ちょっと長いですが、物語がすんなりと通っています。
 

 この映画でいけなかったのは、ジャンが執着したのものはなんだったのか、ということです。
 「香水」を作るために、もとい「あの街で殺した女のカオリをまた嗅ぐために」、人々を殺し「香水」を作ったわけです。
 でも、最終的には自分に効果はなく、自分が本当にもとめていたのはなんだったのか。それは「愛」などではないだろうか。
 そう考えたジャンは、自分の生きている意味が見出せず、自分の人生を腐臭の漂う減点で終らせてしまう。
 

 これはホントの意味で、はっきりしません。  ジャンは先ほどから述べているように、「愛」を求めていました。
 そして、自分に香水をかけ、町衆に「愛される」(多分、食べられ)ことでようやく満足します。
 あれはナレーターが居なければ、ただの自殺になっていたところです。  
 もし、その話を理解すれば、まぁまぁ普通に見れる映画かもしれません。
  
 ですが、
 ○グルヌイユを売った人物達(D・ホフマン含む)が必ず不条理に死ぬのはなぜ?呪われてる子だから?
○なぜ若く、美しい(見た目美しい=匂いが優れてるってこと?)女性だけを殺すのか?
○しかも、あんな油塗ってこそぎ取るだけの方法なら殺さなくても採れるのでは?むしろ生きてる方がより体臭分泌するでしょ。
○一人であれだけ大量に殺人は完璧にはできない(単独犯ならあの時代とはいえ絶対にバレるはず)物理的にも。
○グルヌイユが捕まってから処刑台に行くまで香水ビンが没収されていないこと自体ありえない。彼がなんの為に殺してたかという最も重要な事なのに、当時の民衆は無関心だったのか。
○殺された娘の親が最後「許してくれ」って…絶対にありえない。
○あの香りで皆が我に返ったら本来の彼に対する憎しみまでもが消え去ったということ?
○最終的にあの香水自体の存在は誰も知らないということ?
○どうして、あーゆー映画なのに最後のワンシーンが、語られないわけ?
 とか、疑問に思っちゃう人もいるので、映画を全て見てこそ映画好き、という映画が好きな人はまぁ見てもいい上級者映画でしょうか。
  
 ちなみに、茶栗鼠は最後のワンシーンが納得できません。
 もっと、ジャンが死んだのなら、もう全て消え去った時の、感傷と悲劇の余韻が欲しいところです。
 66点。
 
 
スポンサーサイト

テーマ : 映画感想
ジャンル : 映画

コメントの投稿

非公開コメント

プロフィール

茶栗鼠

Author:茶栗鼠
洋画、海外テレビドラマ、猫について語るブログです。
1992年7月11日生まれ。九州男児。

最新記事
最新コメント
リンク
最新トラックバック
月別アーカイブ
FC2カウンター
カテゴリ
フリーエリア
RSSリンクの表示
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。